SYAKUDO

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  5.25

5.25

毎日のように、何度でもトライできると思ったほうが、
のびのびと、じぶんのなかの新しい能力を発見できる。
だいたい、いま書いているこの文章だって、
これが最後だなんて思わないから、毎日書けているんだ。

―糸井重里

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  5.18

5.18

「導く者」

長年お世話になってきた、
駅前にある殺陣の教室が6月いっぱいで一旦閉まることになってしまい、
絶妙に落ち込んでいるのですが、私は元気です。どうも、NEOです。
この教室にはそうとう前から、というよりも、
教室の立ち上げのときから通っている「第一期生」なので、
文字通りスタートからゴールまで通ってしまいました。

自分が刀による剣術を学ぶ「はじめての場」だったので、さみしいです・・・
何年から通い始めたのか、ちょっと正確な資料が見つからなかったので、
正確にはわからないのですが、
確かWiiのNO MORE HEROES初代をプレイ後、こりゃおもしろいナ!
というわけで実際の剣戟もはじめたので、たぶん、7、8年通ってますね。
(おぉ、小学校より長く通ってますね!)

私は、自分が尊敬する年上の師を、声に出してはいわないけれど、
こころのなかではこっそり「マスター」と呼んでいます。
糸井さんなら、「マスター・イトイ」ですね。スター・ウォーズ好きですゆえ。
そして今回、殺陣の教室が閉鎖されるにあたって、
殺陣の先生・・・実は女性なのですが、
そのマスター、かく語りき!

「これからは、あなたが教えてはみてはどうか」

ゴイーン!!!
えぇ、私が教えるの!?
なんか、ただ長く習ってるだけで、なんにも修めてない感じがスゴイのに!
しかし同時に通っているスポーツチャンバラの教室でも、
そっちの先生(マスター)に「インストラクターの資格を取ってみてはどうか」、
なんて最近言われたりもしているのです。

「マスター・ネオ」

ガビーン!!!
あれか!前のひとの背中をずっと見て生きてたら、
ある日突然追い抜いてしまう日が来るという、あれか!
子どもから大人への一歩は振り返る間もなくある日突然来てしまうという、
あれか!あれなのか!!
スター・ウォーズのアナキンパパは、
早くマスターになりたいと生き急いでダークサイドに落ちてしまうのですが、
私の場合は、時が満ちたというコトなんでしょうか。

突然のことなので、まだ何も決まっていないのですが・・・
しかし、
先生方にこういった声をかけてもらえるのは、生徒としてとても光栄です。
31歳・・・そうえいば、小学生や中学生のころの学校の先生は、
ちょうどそれぐらいの年齢だったような気もします。
うう〜む。なんこう、びっくりですね。

今日もSYAKUDOに来てくれて、ありがとうございます。
今月末は、試合の大会もあるからね。


 

  5.8

5.8

速さではなく、コントロールこそが、強さなんだ。

―糸井重里

お昼に冷凍パスタを電子レンジであたためながら、
Amazon Fire TVで映画「ベスト・キッド」でもまた見ようかな?と思ったら、
関連作品のところに「ブシドーマン」なるあやしい映画が。
思わず見ちゃいましたヨ、ブシドーマン。

これは時代錯誤なブシドーに全てを捧げる男の、戦いの記録である・・・
とかなんとか言いたくなっちゃうくらいおもしろかったです、ブシドー。
話としてはストイックなまでに強さを求める主人公が、
日本各地を巡りいろいろな武術の達人と戦って勝つことで奥義書をGET!!
・・・の二行で十分ですね、ハイ。
ブシドーVSカンフー、
ブシドーVS棒術、
ブシドーVSヌンチャク、
ブシドーVS剣術、などなど・・・

妙にマジメで、
ジョークなのかマジなのかよくわからないブシドーアクションが心に響くような、
そうでもないような、でもちょっとグッとくる部分もあるB級映画。
そんなに志の高い映画でもないのですが、
達人同士の戦いは、
常に一対一のブシドー精神にのっとったアツいもの。

うそつきのうそは本当というか、
ハッタリも最初から最後まで貫き通せば謎の説得力を持つから感心です。
特に後半にいたってはブシドーVS極道、
ブシドーVS拳銃など、B級アクションファンなら必見のデキ!
ストーリーはおまけです。アクションを見るべし!(あと食事シーンとか)

私自身、
こういったインチキおじさんブシドーアクションが好きなのもありますが、
「キル・ビル」や「NO MORE HEROES」系のB級作品が好きなのもあって、
非常に楽しめた映画でした。
スタントなし!ワイヤーなし!予算なし!ディス・イズ・ブシドー!!
(逆にB級映画耐性のナイひとは、見ない方が賢明でしょう)

・・・もしかしたらC級映画くらいカモわかんないです。
でも、なんか、心に来るものがあったなぁ、私は。
どんなにバカっぽく見えることでも、
一生懸命がんばってやり抜き通すと意外と良かったりするという「奥義」は、
案外どんな人でも知ってる部分、あると思います。

ブシドーマン、「ラスト・サムライ」より好きカモ、私。


 

  5.5

5.5

「子どもの日」

昔、私がまだ小さな子どもだったころ、
毎年この時期になると、うちのじいちゃんがこいのぼりを空に上げてくれた。
それも毎日。朝から晩まで。
幼かった私はなぜじいちゃんがそんなコトを熱心にやるのか不思議だった。

よろいかぶとも毎年引っぱり出されて、
テレビ(あのころはまだブラウン管でした)の前に飾ってくれた。
私としては、テレビの前に置物が置かれるとファミコンができなくなるため、
内心ジャマだったのを覚えている。
かぶとがテレビの前に置かれている時期は、
仕方なくともだちの家に行ってマリオや聖剣伝説などをやっていた。

そんな子どもだった私も30歳を越え、
スポーツチャンバラの教室で幼稚園児や小学生男子の相手をしていると、
少しずつじいちゃんの気持ちも感じ取れるようになってくる。
「子どもの日」は、子どものため祝日であると同時に、
大人が子どもの成長を願い、祝う日であるという側面もわかってくるのだ。

言いかえると、大人が子どもにしてあげられるコトは、実はとても少ない。
教育はけっこうなものだが、オスカー・ワイルドの名言にもあるように、
大切なことは何ひとつ教育で教えることができないのだ。

となると子どもの(まっとうな)成長を願う大人に他に何ができるというのか。
そりゃよろいかぶとの置物は飾っちゃうし、
かしわもちは食べさせちゃうし、
こいのぼりだって上げちゃうのだ。
それぐらいしか、
大人が子どもにしてあげられることは実はないと言っても過言ではない。
私のじいちゃんは戦争経験者である。
それはもう、
子どもの健やかな成長を祈る以外に、他にできることはないのだ。
こいのぼりだって、毎日朝夕、空にのぼらさせちゃうのだ。

風薫る五月。
子ども・・・子ども、SYAKUDOなんて読んでないか?
それはともかくとして、小さな大人たちよ、「子どもの日」、おめでとうなのだ。
(私も、子どもたちの成長を願う大人の、ひとりであります)


 

  4.30

4.30

(以下、2015年2月28日の「今日のダーリン」より)

昨日、ここで書いたこと。
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だいたい、「やりたい」ことを思いつくだけでも幸せだ。
それを、苦労しようが失敗しようが始められるのは、
ものすごく恵まれたチャンスだと思うようになった。
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これに、そうだそうだと共感してくれる人が多くて、
なんだかとてもうれしかった。
そして、それよりなにより、
翌日のぼく自身が、もういちど、強くそれを思った。

「やりたくない」ことや、
「やらなきゃならない」ことをやっていても
ちゃんと時間は過ぎていく。 
そればかりやっていて一生が終ることだってあるだろう。

「やりたい」と思えるようなことを、
「やりたくない」ことや、
「やらなきゃならない」ことだらけの荒野のまん中に、
しぶとい雑草のように植えつけてやるんだ。
そいつが広がっていくうちに、鳥もくるだろう、
どうぶつも飼えるようになるし、
屋根のある家も建てられるかもしれない。
水を溜めたり、さらに作物を育てたりしていくうちに、
なにより素敵なことに、人だって集まってくるんだ。
笑顔やら、たのしい話やらをみやげにしてね。

うん。そうだ。
「やりたくない」「やらなきゃならない」で、
埋め尽くされているように見えているかもしれない。
「がまん」や「苦労」で、遠くが見えないかもしれない。
でも、「やりたい」を思いつきさえしたら、
ちょっとでも「できること」がわかってくる。
「がまん」や「苦労」が別のものに見えてくるだろう。
そんな感じになるんだと思っている。 

しつこく言うよ、同じことを。
「やりたい」ことを思いつくだけでも幸せなんだ。
それを、じぶんたちの手で始められるのは、
ものすごく恵まれたチャンスだよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「やりたい」を「夢」とか「希望」と呼ぶ人もいると思う。


 

  4.23

4.23

電刃エアーソフト剣!!


 

  4.20



やっこさんバブリーだな!と地味に感じるのは、
最近のスマホ用ゲームのテレビCMの盛況っぷりです。
もう長らくテレビを見なくなってひさしいので、
こういうCMがあるってコトさえしらなかったのですが、コレ。グラブる、アレ。
いわゆる一連の「グランブルーファンタジー」CMのなかでも、
こりゃ確かに次元というか、価値観が一歩二歩ちがう感覚があります。
セリフもスゴイ。

「とりあえず卒業して、とりあえず大学に行って、彼女とか作って。
とりあえず4年間過ごして、とりあえず就職して、
とりあえず大人になるのかも・・・って気づいちゃったけれど、
家帰って、とりあえず、グラブる」

ひとつのセリフの流れの中で、「とりあえず」を6回も言ってます。とりあえず。
いわゆるソーシャルゲームのテレビCMって、
なんでこんなにやる気がないんだろうって不思議だったのですが、
そのなかでもこのCMは群を抜いてやる気がナイ!
「せがた三四郎」がコレを見たら、涙を流すか、切腹を選ぶぐらいです。
自分は最初の「とりあえず卒業して」って時点で、
6年かかったかんね・・・・・・

いろいろ考えてみたのですが、このCMで大きいのは、
アーケードでも家庭用でも本格派PCでもなく、
やはり「スマホのソーシャルゲーム」のCMな点だと思います。
もう「とりあえず」に現代のスマホシーンのいろいろなモノが集約されてて。
私はスマホどころかガラケーさえ持っていないのですが、
今はバス乗っても電車乗っても、
とりあえずスマホなひとばかりだからねぇ・・・

それと同時に、ゲームにかける情熱なんてみじんもないこのCMです。
ファミコン世代てきにはここまでやる気がないと虚しさまで覚えますが、
昨年、小島監督が祖国を追われてまで作った「MGSV」と、
スマホの「Fate/GO」の売り上げがおんなじくらいとの噂があるくらいですし、
ホントいろいろと「とりあえず」なのが現状なのかなぁという気もします。

しかし、ゲームにさえ本気になれないんじゃ、
何に対して本気になって生きていくんだろうなぁ・・・とまで行くと、
ただのテレビCM一本に対して考えすぎなのかなぁという気もしますが、
なかなか難しいところでもありますね。

なんたって、やっこさんバブリーだからな!!


 

  4.19

4.19

最近、なかなかテンポよく更新できてなくて申し訳ないです。NEOです。
なんかこう、しんどいね。春は!
こういう時こそカラダ動かして、バリバリ修行していきたいです。

・・・というわけで、というわけでもございませんが、
のろのろと読んでた剣道マンガ「放課後ソードクラブ」が終わってしまった!
全3巻。打ち切りエンドです!
(ここだけの話、打ち切りマンガを買うのは私のかくれた趣味です)
とはいえこのソードクラブ、意外にアツくておもしろかったので、
すすっと終わっちゃったのはもったいなかったなぁ。
武道マンガ自体がどれも短命でさびしいぞい、であります。

タイトルがいいよね。放課後ソードクラブ。略して「放ソー部」。
SYAKUDOにもソードクラブがあればいいのになぁ・・・作ろうかなぁ?


 

  4.7

4.7

「これあればかれあり、これ無ければかれ無し、
これ生ずればかれ生ず、これ滅すればかれ滅す」

―自説教

You never give up!!


 

  4.1

4.1

とても「こどもっぽい感覚」と、
とても「おとなっぽい判断」との
交差点にいようと思ってる。
ぼくはまるっきりのこどもじゃないし、
そこまでおとなにはなれない。

―糸井重里


 

  3.21

3.21

(以下、3月21日の「今日のダーリン」より)

もうじきいかにも春らしい春になる。
きみたち、正月のことを忘れてしまってはいないか?
雪が降りそうだとか、除夜の鐘がどうの初詣でがどうの、
決意も新たにとか、今年の抱負はとか、
年頭の所信表明とか、どんな年になるでしょうとか、
さんざん言ってたもんだ、きみもぼくもね。
やっぱり、春一番がそのあたりを吹き飛ばして、
桜が満開に咲くことで、新年の決意だのなんだのは、
お祭りの渦に紛れて消えていくのかもしれないね。

だれにも秘密にしていたのだけれど、
ぼくは毎年、新しい年の始まりに、
たったひとつの誓いを、こころに刻むことにしていた。
言ってしまうと揮発してしまいそうなので黙っていた。
祈りやら願いやらは、それこそ、
家内安全・火の用心・商売繁盛・無病息災みたいな、
平凡にして納得のいく様式美にゆだねていたのだが、
じぶんのこころの約束は、しっかり考えたつもりだった。
たった一行、たった9文字の約束だった。
「人の悪口を言わない」と、これだけだ。
何年か、毎年こころに誓って、毎年破っていた。
ほんとうに守り通すのは無理かもしれないと思いつつ、
これだけは努力してみようと、続けていた。

今年の正月には、それをやめた。
「人の悪口を言おう」と宗旨替えしたからではなく、
証文みたいにルールで縛るのではなく、
もっと自然に「人の悪口を言わない」ようにしよう、と。
なんとなく、じぶんと相談してそうすることにしたのだ。

そして、いま春がくるぞというそのときまで、
ぼくは「人の悪口を言わない」で過ごしてきたか。
いや、そうはいかなかったと思う。
ただ、ね、しばらくそれを意識してきたおかげなのか、
ずいぶん言わなくなっているようにも思える。
「人の悪口を言う」ことが、
なによりもイケナイことなのかと言えば、
そういうものでもないような気もする。
でも、ぼくは「人の悪口を言わない」ことを目指して、
小人物ならではのろくでもない日々を過ごしたいのよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
悪口を言わないでいるうちに、思いつきにくくなるんだ。


 

  3.17

3.17

まるで初恋のようだよ。

―セフティ・マッチ


 

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